生化学分野に精通し、サイエンス・コミュニケーターとしても活動するほか、教育機関で教鞭も執っているへるどくたークラレ氏が、薬局で買える医薬品や健康・栄養食品を分析。配合成分に照らし合わせて、大げさに喧伝されている薬や、本当に使えるものをピックアップします。
プラセンタブームが止まらない。
最近しきりに「美肌に」「アンチエイジングに」などと用いられる成分として、プラセンタというものがあります。言葉くらいは聞いたことがある人も多いと思います。
近年は植物性プラセンタやマリンプラセンタといったものまで配合と書かれていたりします。そもそもプラセンタとは、どういったものなのでしょうか? また、確かな効果のある成分なのでしょうか?
価値があると思って買っているその成分、本当に価値があるのか見ていきましょう。
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●プラセンタとは
プラセンタというのは胎盤のことです。胎盤を英語にしただけのものです。胎盤は、我々を含む哺乳類(単孔類と有袋類を除く)とサメの一部がつくることが知られています。胎盤そのものを使うことはできないので、胎盤の成分をエタノールで大ざっぱに抽出したものが、プラセンタエキスというものです。要するに胎盤エキスです。
肝心なプラセンタの成分を分析すると、大部分がタンパク質で、その中にホルモン類、各種ステロイド骨格のさまざまな成分が検出されるようです。当然、胎盤という部位ですから、女性ホルモンであるエストロゲンやそれに類するものが含まれていると考えられます。
ここで大事なのは、プラセンタという成分があるわけではなく、あくまで、ただの抽出液がプラセンタと呼ばれているだけということです。事実、プラセンタにのみ含まれ、若さを保ったり、健康を増進するために有効な際立った成分というものはありません。
サプリメントとしてのプラセンタでは、タンパク質や、さまざまなペプチド、ビタミン、ムコ多糖類、糖質、酵素などが豊富に含まれたもので「こんなに栄養が豊富な食品はそうそうありません」などと紹介されていますが、栄養価の点では、バランスの良い普通の食事のほうが桁違いに健康的な栄養素を取り入れることができます。
そもそもプラセンタを食べるのであれば、乾燥プラセンタ粉末なんかでもよいわけです。酵素やペプチド、ホルモンの大部分は、口から入れば、すべて胃酸をはじめ消化器の中では「肉」と同じ扱いになります。厳選された豚肉の汁をたっぷり配合した錠剤なんかいりませんよね。そんなことより豚肉を食べたほうがよいのは言うまでもありません。
例えば、コラーゲンが足りないからといってコラーゲンを食べるのは、薄毛の人が髪の毛を食べれば毛が生えると考えるのと同じようにおかしな理屈。なんのために「胃」があり「代謝」があるのかを考えれば当然の話です。
要するに、その程度のものであるということです。事実、プラセンタの服用で、アンチエイジングの効果が見られたという信頼できる研究結果は一度も見たことがありませんし、報告もされていないようです。
逆に言えば、ほぼ確実に無害であるので安心して販売でき、うっかり「効いた」と思ってくれる人が出たら、それだけで儲けもの。完全なイメージ商品なのです。
●意味不明なプラセンタ
とりあえず、本筋に関係がないので、さっさと解説しておきたいのが植物性プラセンタ、海洋プラセンタという言葉です。植物には胎盤もありませんし、海のプラセンタとか、もはや意味不明です。
植物性プラセンタは米ぬかの抽出液で、海洋プラセンタはサケやマスなどの卵を包む膜の成分だそうです。要するに精米時やイクラの製造過程で出る不要物です。
どうせ海洋性プラセンタとして入れるなら、魚類の精巣(しらこ)から抽出され食品添加物にも認可されているプロタミンという成分のほうがマシなのではないかと思います。プロタミンは抗菌作用が強く、また抗肥満作用もあるといわれている成分です。
しかし、実際それすら入れないということは、少しでも何か効果がある成分、高価な成分は入れたくないという思惑があるような気がしてなりません。
●プラセンタ化粧水は要注意
概ね無害無益なサプリメントとしてのプラセンタはまだマシで、プラセンタ入りの高級化粧水は被害が出ています。
「40歳女性、プラセンタエキス配合の化粧水、サプリメントを使用したところ、全身の紅斑、浮腫、接触性皮膚炎などを発症。使用をやめたところ、軽快した」という報告があります。
数件の被害がどうしたという見方もできますが、さっきもお伝えした通り、プラセンタは多種多様な動物由来の汁です。さまざまなアレルギーがある中、肌から入って効果のあるものが取り立てて確認できない上に、アレルゲンや細菌の温床になりそうな栄養入りの水を顔につけるのは、賢明とはとてもいえません。
同様にコラーゲン入りの化粧水などもありますが、何度も例に出して悪いのですが、薄毛の人が他人の毛を頭に貼り付けても毛は増えません。コラーゲン(つまりはゼラチン)を肌に塗っても肌に入ることはなく、中に含まれるヒアルロン酸やグリセリンといった保湿成分にごまかされているだけです。
●献血ができなくなるプラセンタ注射薬
ここまでプラセンタを否定してきましたが、実は、プラセンタは医療の現場でも注射薬として使われています。
早とちりするなかれ。このプラセンタ注射薬、サプリメントのプラセンタとはまったくの別物です。サプリメントは豚の胎盤を粉砕してエタノールで搾り取っただけの乱暴な成分。こちらは、主な感染の見られない健康な人から取り出した胎盤を原料に、数々の消毒殺菌分解処理を経て、特定のアミノ酸配合液となった注射液です。海外から輸入される豚由来のものも、材料が違うだけで概ね成分は似たり寄ったりだと思われます。
先ほどプラセンタ抽出液は際立った成分こそないものの、多種多様なホルモンやステロイドが多く含まれていることをお伝えしましたが、製剤の説明書には、それらホルモンやタンパク質は残留していないと表記されています。これは特定生物由来製品(編註:人その他の動物の細胞、組織等に由来する原料又は材料を用いた製品のうち、保健衛生上特別の注意を要するもの)ですから、最低限の安全性は確保してある分、よくわからない成分は最大限排除してあるというわけです。
特定生物由来製品としてのプラセンタの適用は、乳汁分泌不全と更年期障害だけです。この2つの適用に関しては、きっちり研究され、使用法も確立していて、不要なものが混ざっていない合成女性ホルモン製剤もあります。
実際に、更年期障害や乳汁分泌不全はもちろん、思春期の発育不良、性同一性障害などに対し処方されており、危険性も対処法も効果も、かなりはっきりしています。
しかし、過剰に使用した例では、肝機能障害など、プラセンタ注射が原因として疑わしい薬害が起きているという話もあります。また、主要成分であるアミノ酸は、別段注射せずとも食物から十分摂取でき、そもそも注射する必要に疑問を感じます(これに対して異議を唱える医療団体も存在するので、どちらを信用するかは個人に委ねられますが)。
加えて留意しておいてほしいことがあります。現状、厚生労働省の指針により、プラセンタ注射を受けた人は献血ができないようになっています。その理由は、クロイツフェルト・ヤコブ病の原因として知られる「プリオン(悪性タンパク質)」が原料に含まれていた場合に、防ぎきれないことを想定しています。
もちろん、大規模に売られているからには、大半が問題は起きないのでしょうし、実際にプラセンタ注射が体質に合う人もいると思います。ただ製造元でさえ「アンチエイジング」とは一言も言ってないものを、わざわざ美容に使うメリットはないでしょう。また実際に美容に効果が得られたと回答する人が多いのに対して、実際にどれくらい肌質が変化したのか具体的なデータなどが見当たらないという点も気になるところです。これは見つかったら、メールマガジンなどで追いかけていこうかと思います。
●女性誌の美容情報はまゆつばもの
スポンサーの影響力絶大な女性誌の情報を鵜呑みにしてサプリメントを飲んだり、サロンやエステに通うのは、精神的にはよいかもしれませんが、医学的な保証はゼロです。医師法違反まがいの広告すら散見される女性誌の美容情報は、正直「まゆつばもの」としか言いようがありません。
「アンチエイジング」は医療行為であり、医薬品と美容手術だけがそれを可能としています。得体の知れないサプリメントを飲んだり、奇妙な化粧水を顔に塗りたくる前に、まずは健康的な生活を送り、なおかつ信頼できる専門医に相談するべきです。
例えば、太り気味を解消したいなら内分泌系の専門医に。皮膚の悩みなら皮膚科に。若い頃の顔に戻りたいのなら美容整形に…。そのための分野分業なわけですし。
(文=へるどくたークラレ)
【本記事は、サイエンス・ライターによる化学コラムです。薬を使用する際は、医師や薬剤師にご相談ください。】